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第4話 婚約者を奪われた夜 (下)

作者: 柳 雪音
last update 公開日: 2026-08-11 22:03:46

部屋の中にいたのは、西条慶一郎と、遥香の異母妹・小鈴だった。

小鈴の着物は大きく乱れ、白い肩が露わになっている。

二人の間には、甘く濃密な花の香りが漂っていた。

遥香は息を呑む。

「番つがい……だったの……?」

その一言が精一杯だった。

小鈴は遥香に気付くと、小さく悲鳴を上げて慶一郎の胸へしがみついた。

(来た来た。本当に間抜けなお姉様)

心の中では笑いながらも、表情だけは悲痛に歪める。

「お姉さま……ごめんなさい……!」

涙を流しながら震える声を作る。

「私が……私が慶一郎様をお慕いしてしまったばかりに……」

肩を震わせる。

「慶一郎様は……私を選んでしまったのです……」

慶一郎は慌てて立ち上がった。

「遥香!違うんだ!」

だが、言葉が続かない。

自分でも何をどう説明すればいいのか分からなかった。

それでも彼は、本気で信じていた。

遥香なら許してくれる、と。

昔から彼女はそうだった。

誰かを責めるより、自分を責める。

だから今回も事情を話せば、きっと最後には理解してくれる。

そう疑わなかった。

「遥香……」

慶一郎は手を差し出す。

「僕と小鈴は運命の番だったんだ。」

「……」

「運命には逆らえなかった。」

その言葉を聞いた瞬間。

遥香の中で、何かが音を立てて崩れた。

「あなたは……」

震える声で問いかける。

「私が丙オメガでも、縁香フェロモンを持たなくても、一生大切にすると約束してくださいました」

瞳が潤む。

「私は、その言葉だけを信じて今日まで生きてきたのです」

慶一郎は何も答えられなかった。

「……失礼いたします」

それだけ告げて、遥香は静かに踵を返した。

「遥香!」

呼び止める声が背中へ飛ぶ。

けれど、もう振り返ることはできなかった。

涙が頬を伝う。

屋敷を飛び出し、夜風の中をひたすら走る。

誰にも会いたくない。一人になりたい。

気付けば、人通りのない細い路地へ迷い込んでいた。

辺りには白い靄もやが立ち込める。

「……ここは、もしかして……!」

遥香の背筋がゾクリと冷える。

この都には、立ち入ってはいけない場所がある。話にそう聞いていた。

(黄昏時の十字路——人の世に妖あやかしが訪れる交差点)

遥香は唾を飲み込んだ。靄は濃くなり、数歩先も見えない。

その時だった——

「おいおい、どうしたんだよ」

低い笑い声が響く。振り向くと、いつの間にか数人の男たちに囲まれていた。

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